チャイクレさん、いらっしゃい!

チャイニーズクレステッドドッグ(通称チャイクレ)の龍馬と暮らすことになったダメ飼い主が贈る、チャイクレ好きのための情報ブログです。愛犬便利グッズの情報をはじめ、くだらない小ネタまで幅広くお伝えします!

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地震と余震と、愛犬と。

2011年3月11日(金)、午後2時過ぎ。
職場から歩いて数分の距離のファミリーレストラン。
私は丁度、そこで打ち合わせをしていました。
龍馬(愛犬)を職場のスタッフに預けたまま、あの大きな揺れの中にいました。

死の恐怖を感じた瞬間、まず頭に浮かんだのは龍馬の怯える姿。
そんな時に一緒にいられなかったことを、どれだけ後悔したか知れません。

それでも、私には龍馬と共に職場に行ける環境があります。
すぐに龍馬を抱きしめてあげられる状況にあることは大変恵まれている。
そう改めて痛感しました。

地震の直後、私は一目散に職場に戻り、龍馬を抱きました。
小さな体を大きく震わせて私を待っていたのだと思うと、胸が張り裂けそうでした。
私自身、例えようのない不安に襲われていましたので、愛犬を見てホッとしたのは事実です。
それと同時に、これから起こり得るあらゆる事態を思い巡らせることになりました。

テレビやラジオから流れる情報を見聞きするたびに、徐々に事の重大さを実感。
帰宅の際、それを肌で感じることになりました。

地震後、JRは運転取りやめ。
帰りは会社の同僚が自宅まで車で送ってくれることになりました。

会社を出たのはいつもより早い19:30頃。
けれど、自宅にたどり着いたのは翌4:30頃。
普段なら、車で1時間もかからない距離です。

その間、龍馬はほとんど車から出ませんでした。
出せなかったといったほうが正しいかもしれません。

車から降ろしてあげたくても歩かせてあげたくても、歩道には大きな人の波。
そんなところを犬を連れて歩くなんて、不謹慎・非常識だと思われても仕方ない。
その結果として、龍馬が蹴られたり踏まれたりして怪我をしたら・・・。
私にできるのは、ただ、龍馬をスリングに入れて車の中でじっとしていることだけでした。

昼の地震で余程神経を擦り減らしたのでしょう。
移動中、龍馬はずっとスリングの中で寝ていました。
その寝顔に、私は少しだけ癒されたような気がしました。

災害の時、もしもの時に、この仔を守ってあげられるのは私だけ。
私がしっかりしなきゃ、共倒れになる。
何があっても、この状況を乗り切らなきゃ・・・。
そう強く思いながら、長い帰路からようやく解放されました。

明け方までには友人たちとも連絡がつき、全員の安否が確認できました。



翌12日、土曜日。
龍馬と共に、知人の家に向かいました。
ひとりでいるのが怖かったのもあります。
少しでも楽しく前向きな気分になりたかったのもあります。

被災者の方々に比べれば何てことはありません。
そういう意味で、後ろめたい気持ちもなかったわけじゃない。
けれど、ほんの少しでいいから、得体の知れない恐怖から解放されたい。
そう願ったのは間違いありません。

仲間と龍馬と食卓を囲み、生きていることを実感。
食べること、お腹が減ること、笑うこと、人と関わること、龍馬と過ごすこと。
不謹慎なのかもしれませんが、その全てがこんなにも幸せだとは今まで知りませんでした。

恐怖や不安を覚えること、怪我をすること、これから先を憂うこと。
立て続けに起こる大小様々な余震のため、船酔いにあったような具合の悪さ。
それだって、自分が生きているからこそ味わうこと。
被災で亡くなった方々にはそれすら出来ません。

仲間と龍馬、みんな無事で側にいる。
今はそれだけで十分。
世の中の空気感とは違って、少しだけ心穏やかな時間を過ごしました。

この日から、最寄りのスーパーは大混乱。
けれど、まだまだ品物がある状態でした。



13日、日曜日。
気分転換も含め、友人宅の掃除をお手伝い。
もちろん、龍馬も一緒にお邪魔しました。

割と普段通りの日曜日だと思いました。
けれど、お掃除道具などを買いに薬局に出掛けて愕然。
トイレットペーパーも水も、非常食になりそうなものも品薄。

このままでは何もなくなってしまう・・・。
混乱状態が落ち着き、ごく普通の日常に戻ったとしても、食糧難・物資難になるだろう。
そう想像するに易い状況でした。
この場から逃げたくてたまらない気持ちになりました。

夜遅くになって、計画停電の情報が流れました。
電車・私鉄が本数削減。
路線によっては運休。
繋がりにくい携帯電話を片手に、不安な一夜を過ごしました。



14日、月曜日。
私の出勤時間は一般的なおつとめをしている方に比べ、明らかに遅めです。
それは龍馬が一緒だから。
職場スタッフ全員のご厚意を本当に有難く思います。
けれど、この日は朝のラッシュ以上の人ごみ。
情報錯綜によりパニックを起こした人波が、とても怖かったことを記憶しています。

私ひとりが電車に乗って移動するのも困難。
当然のことながら、龍馬を連れて電車に乗ることはできません。
大袈裟ではなく、本当に命の危機を感じました。

混雑するホームから職場に連絡を入れ、自宅作業に切り替えることにしました。

自宅に戻って、仕事をしながらネットやテレビで情報収集。
気持ちが落ち着くはずがありません。
龍馬も心なしかソワソワした様子。

私が冷静に、しっかりしなきゃいけない。
龍馬を守れるのは私だけ。
そう何度自分に言い聞かせたか知れません。

金曜日から続く緊張状態がピークに達したのか、この日は終日イライラしていました。
生き抜きをしたくても、どこにいても余震の不安がつきまとう。
何をやっていても落ち着かない。

泣きたい気持ちになりました。
泣いたって騒いだってどうにもならないと分かっていても。
けれど、弱音を吐いてもいられない。

とはいえ、何もできない。
出来ることがあったとしても、それは僅かなことばかり。
龍馬と私の非常袋を作り、避難用のカートを用意することくらいしかできません。

既に食料は不足気味。
スーパーにも薬局にも、近所の商店ですら品物がありません。
缶詰などの非常食はいち早く欠品。
生鮮食品はいくらかあるものの、それだって十分とは言えません。
トイレットペーパーと生理用品もない。
ただならぬ状況です。

それとは対照的だったのが、ペット用品の数々。
ペットシーツやフードは山積みでした。
本当に異様な光景でした。

動きたくても動けない。
ただじっと、事の行く末を見守ることしかできない。
八方ふさがりとは、こういう状況を指すのでしょうか。

多すぎる余震のため、感覚は麻痺。
常に揺れていると言われればそんな気もする。
けれど、揺れていないと言われればそうかもしれない。
揺れに過敏になりすぎて、自分が揺れていても余震ではないかと疑う始末。
そんな中、私の心を癒してくれたのは、やはり龍馬の存在でした。



15日、火曜日。
目覚めの悪い朝でした。
明け方に起こった地震に起こされるなんて。
一緒に寝ていた龍馬をなで、大丈夫だよと声をかけるのが精いっぱい。
私はこの仔にこれだけしかしてあげられない。
情けなくなりました。

朝、会社のスタッフが最寄駅まで迎えに来てくれました。
その車に乗って、無事に出社。
金曜の夜の大渋滞とは打って変って、道中はとてもスムーズ。
1時間もかからずに会社に到着しました。
それが当たり前なはずなのに、妙な違和感と気持ち悪さを覚えました。

職場について会議。
自分たちに出来ることは何か。
我が仔たちのためにできることは何か。
誰もが一様に不安を抱える中、話し合いは続きました。

社内は節電。
いつもより暗くて冷えるデスクで、PCとその先にいるお客様と向き合うことに。

地震が起こった日から、私は寝る時も起きている時もスリングを身に付けたまま。
いつでも龍馬を抱えて逃げられるように。
そのスリングの中で、この日も龍馬はいつも通りにスヤスヤ。
龍馬の重さと温もりと寝息が、たまらなく愛おしく感じました。

帰宅は普段より少し早めでした。
電車の混雑を見越して、もっと早く退社したかったというのが本音です。
けれど、結果的にはあの時間で良かった。

地下鉄もJRも、想定していたよりもはるかに空いていました。
いつもなら座れない中央線も、座席に空きがありました。
郊外の方が早く帰宅したり、自宅待機を余儀なくされた結果なのかもしれません。
何とか無事に帰れそうだと胸をなでおろしました。

秋葉原も新宿も、闇の中でした。
東京の夜空を煌々と照らすきらびやかなネオンは消えていました。
車窓から見える景色は、いつもとは違った静けさに覆われていました。
そこをぞろぞろと、ただ人だけが動いていました。

地震後、龍馬と共に移動する際は極力スリングを使うようにしました。
この状況下で、カートに愛犬を乗せて電車に乗る勇気は私にはありません。
人間の輸送の邪魔になるのは間違いなく、顰蹙を買うだけです。

私にとっては大事な命でも、世間一般的に見ればただの犬。
最優先に考えてもらえるはずはありません。
国民感情を思うと、犬連れで電車に乗ることすら非常識だと感じています。
でも、私には龍馬を置いて出掛けることなんてできない。
ましてやこの非常事態に。

こんな時だからこそ、周囲にできるだけ迷惑をかけないようにしなきゃいけない。
犬がいることで、龍馬がいることでトラブルになることだけは避けなきゃいけない。
目立つような装備は避け、犬連れであることを悟られないようにしなきゃいけない。
でも、愛犬に余計な不安を与えたくない。
だからスリング。

これも、今の私にできる数少ない選択のひとつ。
身勝手な解釈なのかもしれませんが、そう思いながら龍馬を抱えて帰りました。

幸い、龍馬はスリング慣れ・電車慣れしているので、道中、騒いだりしません。
もし、スリングや電車に慣れていなかったらと考えると恐ろしい限りです。

いずれも、非常事態のためにやったトレーニングではありません。
一緒に楽しくお出かけをしたいから、パピーの頃から続けてきたことです。
でも、日頃のトレーニングの成果がこんな時に発揮されるとは。
何とも皮肉な話です。

龍馬には吠え癖がありません。
むやみに人間や犬に吠えかかることはまずありません。
何もない穏やかな一日なら、龍馬は一回として吠えも啼きもしません。

彼が啼いたり吠えたりするのは、身の危険を察知した時と私を探す時だけ。
私には何故龍馬が啼くのか、吠えるのか、大抵その意味が分かります。

でも、世間の人にそれは分からない。
犬が啼いたり吠えたりすれば、ただうるさいだけ。
語弊を恐れずに言うなら、犬の声は雑音でしかありません。
神経を逆なですることはあっても、一般に寛大に受け入れてもらえるはずがありません。

万一の事態が起きた時、犬たちの肩身は狭い。
吠える仔であれば余計に。
子どもの泣き声ですらストレスに感じるのですから仕方がありません。

龍馬の一声で周囲の空気が悪くなってしまったら・・・。
普段は吠えるような仔じゃないのに、万一そうなったら・・・。
龍馬だけでなく、それを守る私にも非難が集まるのは必至です。

非常事態の日々の中、龍馬はいつもより吠えることが増えました。
「外で聞き慣れない音がするよ」「何かヘンだよ」
龍馬にとってみれば、私にそういったことを伝えようとしているだけのこと。
それだって、大した声色でも回数でもありません。

普段なら褒めてあげたい「ワンッ!」の一声すら褒めてあげられない。
叱らなきゃいけない。

「異変を知らせてくれてありがとね」
「でも、今は吠えちゃダメなんだよ」
「龍馬が吠えるとみんなが困るんだよ」

龍馬にこの状況をどう伝えれば分かってもらえるのでしょう。
こんな私の気持ちを、愛犬にどう理解させたらいいのでしょう。
言葉で説明すればいいのなら、いくらでもします。
けれど、犬たちにその全てが理解できるのでしょうか。

愛しているからこそ辛い。
ただ、切なくやるせないばかりです。



16日、水曜日。
電車に乗ること、出勤することを諦めました。
自宅で作業をすることになりました。

国民生活が少しずつ復興に向かっていると信じたい。
けれど、原発の様子が気になります。

昨日、新宿でも放射線物質が検出されました。
人体に影響のない微量の放射線だと言われても不安です。
私には何ともなくても、もしかしたら龍馬には影響があるかもしれません。
それだって、微量だから心配無用なのかもしれません。
テレビで解説する専門家の言葉をすべて信じるなら、何てことはないかもしれない。
でも、私にはそれすらできない。

下を向いていてもはじまらない。
明るく前向きになろう。
そうは思うものの、国民に知らされていない事実があったとしたら・・・。

情報操作なんて容易いものです。
一部の大人たちが情報を収集し、作って提供しているものだから。
錯綜する情報に翻弄され、事実を知ることができない。
すべての情報を疑って、深読みする。
こんな日々がいつまで続くのでしょうか。
どんなに頑張っても、楽観視できません。

今は「大袈裟だよ」の一言が勘に触ります。
そのくらい、ピリピリしています。
見た共に認めるオプティミストなはずの私が、です。
一生懸命に顔では笑っていますが、本心は笑う余裕なんてありません。

このブログを書いている今も、大きな揺れを感じました。
千葉県北東部で震度6の地震が発生した模様。
テレビでも緊急速報が流れています。

空は厚い雲で覆われています。
さっきまで晴れ間が見えていたのに、今は薄暗い。
時折吹く強風のゴーッという音が徐々に近づく感じがします。

換気も怖くてできない。
外にも出られない。
自宅でPCで作業をしながらテレビとにらめっこ。
精神衛生上、良くないに決まっています。

近所の酒屋のお父さんの話では灯油も入手困難気味。
仕入れが殆どできないとのこと。
燃料の買いだめをするのではなく、普通に欲しくても買えない。
御贔屓さんってことで酒屋で灯油を一缶譲って頂けたことは不幸中の幸いでした。
でも、これだって、龍馬がいてくれたから生まれたご縁です。

私は龍馬と暮らすようになってご近所に知り合いが増えました。
酒屋のお母さんやお父さんと仲良くなったのも、龍馬がいたから。
わんこ友達だって、龍馬がいなければ出会っていません。
この仔を中心に、今の人間関係やご近所コミュニティが形成されたといっても過言じゃない。

そんな大事な我が仔を守ること。
今はそれが私の最優先事項に思えます。
そして、それは自分自身を守ることでもあると実感しています。

私に何かがあれば龍馬は生きていけない。
私は何があっても龍馬より先には死ねない。
龍馬のために私が命を落としてはいけない。

「母」という生き物の強さが、少しだけ分かったような気がします。
龍馬が側にいてくれれば、頑張れる気がします。

恐らく、今日も1日、様々な情報が流れるでしょう。
余震もあるでしょうし、大きい地震と冷え込みへの警戒も解けない。
不安が消えることもなければ、心が落ち着くこともないでしょう。

こんな状況でありながら、日本では暴動がありません。
ご近所でも、窃盗や強盗などの事件が起こった気配もありません。
犬の吠える声が煩いと、殺傷事件が起こった様子もありません。

人々が声を掛け合い、助け合っています。
不安感を分け合い、互いを勇気付けながら日々の暮らしを守っています。
そして誰もが被災地の方々への支援に協力的です。

これも日本の文化、国民性なのかもしれません。
この国に生まれたこと、日本人であることを、私は誇りに思います。

ペットは所詮、娯楽の一種です。
非常事態には軽視されやすい存在です。
場合によっては疎ましいと思われても仕方がありません。
飼い主以外の人がどう感じているのかは想像すら難しい。

けれど、私にとって龍馬は「ペット」ではなく「家族」。
人間とは容姿が違うだけです。

龍馬は重い荷物を持つことはできません。
非難の際には足手まといになるのかもしれません。
わずか5kgとはいえ、お荷物だといえばそうかもしれない。

けれど、私の心を救えるのはやっぱり龍馬しかいません。
他に変わりがいない、唯一の存在です。
それを分かってくれる仲間が側にいてくれることを本当に有難く、心強く思います。

「龍馬を見るとホッとする」
「龍馬に触ると安心する」
そう言ってくれる近所の知人や友人たち。
そんな方々と龍馬に支えられ、私は今この時を過ごしています。

さっきまで余震で不安げにしていた龍馬は今、私に寄り添ってヘソ天中。
この時間がいつまでも続いて欲しいと強く祈ります。



災害により亡くなった多くの方々。
津波に流された犬や猫たちの多くの命。
生き別れになった人々の悲しみ。
耐えがたい痛みと苦悩、不安感に包まれた被災地。
その全てにお悔やみとお見舞いを申し上げると共に、一日も早い復興を心から願います。
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| 筆者:ダメ飼い主がモノ申す | 14:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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